カテゴリー「47 神谷 卓哉」の68件の投稿

2017年7月14日 (金)

エイト社員ブログ 「10年目のサムライゲート」

去る7月1日、
エイトでは第30期の経営計画発表会が開催されました。
今期は門倉専務が社長に就任され、
とても大きな節目の年になりました。

沖縄嘉手納営業所から毎年参加している私はこの経営計画発表会が
最初に行われた年から参加し、毎年エイトが大きく成長している
内容に社員ながらとても感動しています。

今年は私自身、永続勤務10年の表彰も頂きましたが、
自身がこんなにも長い年月をエイトで働かせて頂いている
実感がありませんでした。

嘉手納営業所がスタートして10年ということになりますが、
当時、私は沖縄唯一のエイト社員でした。
しかし新聞発行以外なかなか仕事受注も出来ず、
数年以上経って、当時専務の門倉社長が長期に渡る沖縄滞在で、
大きな基盤を沖縄に作って頂きました。

現在、沖縄のエイトは80名ものクルーさん達、
社員8名にも増え、様々な業務も受注することが出来ました。

嘉手納営業所で発行しているサムライゲート新聞は嘉手納基地の
情報はもちろんですが、今年から様々な情報をより多く取り扱う
紙面内容を変えていき、
多くの読者をさらに獲得することができています。

また新聞配布箇所も去年と比べると20箇所も増え、
配布率がぐっと伸びており、広告掲載の依頼が以前に比べて
増えています。私一人だけのアイデアだけではここまで
伸びることはなかったので、こうしてたくさんの仲間が増え、
業績を伸ばせることが出来たのも、門倉社長が沖縄のエイトを
成長させてくださったおかげです。

10年前に門倉社長に出会った頃に、沖縄でエイトが様々な
業務をしていくことを話ししたのを覚えています。
10年は長いようで、あっという間の10年でした。

私はエイトから発行しているサムライゲートに誇りを持っています。
そして自信を持ってお客様にサムライゲートに
広告掲載して頂いています。

この誇りと自信はずっと変わらずにいました。
嘉手納営業所、沖縄支店が今後10年、更に大きく成長するよう、
私自身の節目の年にもなりました。
門倉社長10年間ありがとうございました。
そしてこれからもよろしくお願いいたします。

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写真:10年前、門倉社長と初めて会って2回目ぐらいの時です。
嘉手納営業所の求人説明会です。

米軍・海外事業部 沖縄嘉手納営業所 所長 神谷卓哉

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2017年2月 7日 (火)

エイト社員ブログ 「海外交流会へ参加して」

私は高校から大学まで留学をしていました。
中学生の夏にホームステイで初めて海外へ3週間ほど行きましたが、
英語がうまく話せないことがとてももどかしくて、
いつか英語をちゃんと話せるようにと沖縄に戻ってからは英会話の
塾にも通いました。

高校生になってからはやはり海外に憧れる想いが強く、親に海外留学を
悲願し、高校2年生からカナダへ一年間の留学が始まりました。
時代は留学ブームでしたが、私の地元の沖縄ではまだ高校生の
留学派遣する会社は殆ど無く、東京にある留学専門の会社へ依願書を
提出し、セミナーなどを経験して海外へ出ました。

私自身、まったく不安もなく、海外生活を楽しみにしていましたが、
私のホストファミリーの初対面で話しをしたとたん、自分の英語が
殆ど出来ていないことに気付きました。

また学校でもまったく理解できずに、留学がスタートして数日後には
部屋で猛勉強する日々が始まりました。学校から帰ってから毎日8時間は
部屋で宿題や単語などを勉強していました。

3ヶ月たった時期に突然と言って良いほど勉強した成果が現れ、
話すことが理解するようになっていました。また学校からの宿題の内容も
理解してきて少しずつ自信が持てるようになりました。

それでも英語レベルはまだまだ低く、かろうじて高校2年の単位を
全て取得して終わることが出来ました。
そんな留学一年間はあっという間に終わりました。
もちろん、学校の友達もたくさん作れましたし、ホストファミリーとも
楽しい時間を過ごすことが出来ました。

日本へ戻って、東京の留学派遣会社で集まりがあり、
留学した仲間たちのいろいろな経験話しを聞ききました。
それから30年経ち、その留学派遣会社から先日、地元沖縄での
交流会の案内が届きましたが、留学がもう随分のことで
少し恥ずかしかったのですが、参加させて頂きました。

東京からスタッフの方々がお手伝いに来ておられ、話しをすると
留学経験の先輩方で、また留学先が私と同じ高校だったことなど、
30年後に当時の話しが出来ることに歓喜してばかりでした。

留学派遣会社の関係者とも出会うことが出来、感謝の気持ちが
いっぱいになりました。そしてこの貴重な経験をさせて頂いたのは
両親のおかげです。現在英語を使った業務に携わっていることも、
両親が私を海外へ送り出させて頂いたことで、
今の自分がいると思います。

先日の交流会で私は親へ感謝する気持ちを再認識させて頂きました!
ありがとうございます!

米軍・海外事業部 沖縄嘉手納営業所 所長 神谷卓哉

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2016年12月31日 (土)

エイト社員ブログ 「沖縄研修」

12月9日から12日まで、沖縄から社員研修に
参加させて頂きました。

今回の研修先は宮古島と沖縄本島の地元での研修でしたが、
私自身、宮古島には一度も訪れたことがなく、
この機会を借りて宮古島へ行くことが叶いました。

また年に一度お会いする本社の仲間や、初めてお目にかかる大阪支店の
方々にも出会えて、有意義な時間を一緒に過ごせることが出来ました。

初めての宮古島は知らないことばかりで感動することだらけでした。
宮古や八重山の方言は、沖縄本島の方言と全く異なると聞かされていましたが、
実際に聞いてみると全く違う方言だったので本当に驚きました。

研修期間は天候にも恵まれ、海の色は鮮やかに透き通った
エメラルドグリーンで、沖縄本島から来た自分でも十分感動しました!
一番の驚きは砂の細かさでした。サラサラした砂は、風に吹かれると
舞い上がるほどパウダーのようで沖縄本島のビーチより奇麗で、
夏に沖縄の離島周辺へ観光客が行く理由が納得出来ます。

この研修では気遣いの意識を持つことや、感謝する気持ちを相手に
伝えることを常に行動することを再認識させて頂きました。研修期間中は、
私自身もっと意識して行動しなくてはいけないと反省してばかりでした。

今後は意識して行動することを、心がけることにします!
この研修に参加出来たことで、大切な勉強ができたと思います。
企画して頂いた社長、専務、常務そしてエイトの皆様に感謝します。

写真キャプション
ホテル:
宿泊した宮古島東急ホテル&リゾーツの上空に飛行機が大きく見えたので、
急いで撮りました。空軍基地で働いているため、飛行機の音を聞くとすぐに
何の飛行機か確認する癖がついています。

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ビーチ:
宮古島東急ホテル&リゾーツのビーチは宮古島
で一番奇麗なビーチだそうです!夏に是非訪れたい場所でした。

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米軍・海外事業部 沖縄嘉手納営業所 所長 神谷卓哉

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2016年11月19日 (土)

エイト社員ブログ 「大獅子(うふじし)」

私の父の出身地に沖縄県最古のシーサーがあります。
幼い頃からそのシーサーの存在は大きいシーサーということだけを
知っていましたが、大人になってから数十年ぶりにそのシーサーを
先日観に行きました。

土地に慣れていないと迷ってしまうほど細い道を通るのですが、
今では案内板、駐車場が出来たようです。あまりメジャーではない
観光スポットなので昼間訪れても静寂で神聖な雰囲気でした。

駐車場からそのシーサーがある場所までは階段で上がるのですが、
入口に「勢理城(じりぐすく)」と書かれており、
この場所が琉球王朝時代、城(グスス)だったようですが、
痕跡は何も残っていません。階段をあがるとすぐにシーサーが
お出迎えしていました!

小さい頃見た時はとても大きく感じましたが、今見てもやはり
大きいシーサーでした(高さ140センチです)。すぐ側に説明が
ありましたが、1689年にここで火災が絶えないことで、
シーサーを建立して儀式を行ったところ火災が収まったと
当時の琉球王朝の記録に掲載されていることから、
シーサーは火除けとして沖縄の瓦屋根の上に置かれるきっかけを
作ったシーサーだそうです。

このシーサーこそが沖縄のシーサーのオリジナルということです・・・。
またこのシーサーを有名にしたのが沖縄戦で米軍に撮られた写真でした。
沖縄南部は沖縄戦が終わる時期に激しい戦火になった場所であり、
この場所も多くの防空壕や野戦病院の壕があります。

その中で米軍が南下してきた際の一枚の写真で、いくつもの弾痕が
今でもはっきりと分かります。
戦争で壊されず300年以上という長い歴史を見てきた
このシーサーは沖縄県の有形民俗文化財として登録されています。
小さな頃から知っている場所にシーサーのルーツを感じることが
出来たことに感謝と誇りを持ちます。

※正式名称は富盛の石彫大獅子(ともりのいしぼりうふじし)。
大きいことを沖縄の方言で「うふ」と読みます。

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写真キャプション:
大獅子:一つの石から彫られていますが、
その大きさは県内最大最古と言われています。

戦時中大獅子:沖縄戦での大獅子。米軍が撮った大獅子。
激戦地でもあったこの周辺は天然の洞窟が多くあり、
日本軍と米軍が激戦を繰り広げていた場所です。
激戦を繰り広げていた場所です。

米軍・海外事業部 沖縄嘉手納営業所 所長 神谷卓哉

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2016年9月 2日 (金)

エイト社員ブログ 「旧盆」

沖縄は8月15日から旧盆でエイサーや道じゅねーが
各地で盛んにありました。9月上旬までは毎週末に
エイサー祭りが開催されます。

沖縄の行事はいつも旧暦を中心に行われますので、
毎年カレンダーで確認します。
ここ数年、嘉手納営業所発行のサムライゲートでも
米軍に沖縄の伝統エイサーの記事や紹介を毎年掲載していましたが、
先日、100年以上の伝統を持つ平敷屋エイサー演舞を観に行きました。

衣装はとても質素な感じで、現在よく見るカラフルな
エイサー衣装ではなく、まったく違った雰囲気です。
太鼓もパーランクー(小さな太鼓)で昔からの伝統らしさが
伝わってきます。踊りも大きな動きはせず優雅で力強いかけ声で
黙々と演舞を披露します。

東と西の2チームに分かれ、パーランクー、男女の手踊り、
そして指笛で場を盛り上げるチョンダラーと3つのグループで
50名構成されており、すばらしい演舞を披露していました。
1チームで約1時間半という長い間演舞を披露します。
平敷屋はうるま市の勝連半島の太平洋側に面した小さな部落です。

近隣には米海軍基地ホワイトビーチがあります。
このエイサーのイベントを観るために日程を合わせて沖縄に来る
観光客も多く、この日の平敷屋は大勢の人で賑わっていました。
伝統行事がこうして間近で観られてとても幸せでした!
平敷屋エイサーに感謝!

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開始は子ども会エイサーで始まりました。

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力強いパーランクーでの演舞でした。

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チョンダラーは指笛で場を盛り上がる存在です。

米軍・海外事業部 沖縄嘉手納営業所 所長 神谷卓哉

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2016年7月21日 (木)

エイト社員ブログ 「No Hat, No Salute」

嘉手納営業所は嘉手納基地にある広報部建物で毎週金曜日に
発行するサムライゲート新聞を編集、発行しています。
業務上、米軍が使う特殊な英語をいろいろと
覚えなくてはならないのですが、
先日から広報建物周辺の壁に「No Hat, No Salute」のサインが
いくつか貼られているのを見かけました。

弊社の米軍・海外事業部の人はこのサインの意味は
知っていると思いますが、10年嘉手納基地の中で
勤務している私自身は、このサインを今まで見たことが
なかったのでどういった意味が分からず、
さっそく兵隊へ質問しました。

このサインがある場所では米軍兵は上下関係なく、
気楽に話す場所ということだそうで、
休憩が出来る場所なのかなと思います。
実際このサインがある場所は喫煙可能なので、
常に緊張感を保っている兵隊にとっては
気を休めるサインだと思いました。

米軍兵は戦闘服を着用する場合、屋外ではパトロールキャップの
着用が義務ですが、このサインがある場所では
そのパトロールキャップ着用も必要ないようです。
彼らも毎日業務に忙しくして緊張感を持っていますので、
こうした息抜きができる場所があるのはとても嬉しいかと思います。

私も時々彼らのおしゃべりに入りますが、
このサインが出来たことでよりフランクに話しが出来、
フレンドリーになれると思いました。
No Hat, No Saluteに感謝!

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米軍・海外事業部 沖縄嘉手納営業所 所長 神谷卓哉

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2016年6月20日 (月)

エイト社員ブログ 「梅雨、台風、夏」

沖縄は本州よりも一ヶ月早く梅雨入りになり、
6月に開催される糸満ハーレー(爬竜船の競漕)後に梅雨が明けます。
昔から糸満ハーレーがあると梅雨が終わり、夏が来ると言われており、
毎年このハーレーが終わると数日後に梅雨明け宣言がありますが、
今年はどうゆうことか梅雨前に雨の日が多く、
梅雨に入ってからは雨があまり降らなく、
ついには糸満ハーレー開催日になったので、
空梅雨だった印象があります。

また、毎年沖縄の夏は台風シーズンでもあり、
常に台風の動きを気にしながら夏を過ごすような気持ちになります。
去年もいくつかの台風が沖縄を通過しました。
しかし今年はまだ台風1号も発生していないようで、
後々の台風が大型にならなかと心配になります。

沖縄嘉手納営業所は嘉手納基地新聞サムライゲートを
毎週発行していることもあり、台風が発生すると台風の情報を
常に収集しています。

また米軍基地の関係者も台風には慣れていないこともあるので、
台風の影響で即座に閉鎖されることも多々あります。
その場合は部屋で仕事の続きをすることが多く、
今年は台風の影響で振り回されないことを祈るばかりです。

沖縄の長い夏はこれから始まります。
個人的には寒い冬より夏が好きです。
また今年も夏が始まることに感謝します!

そろそろ梅雨明け間近の空模様です。

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嘉手納営業所 所長 神谷卓哉

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2016年5月17日 (火)

エイト社員ブログ「広告デザイン」

嘉手納営業所では公式嘉手納基地新聞サムライゲートを
毎週金曜日に発行しています。新聞は米空軍の嘉手納基地における
活動報道を中心に、米陸軍が駐留しているトリイステーションの記事、
キャンプシールズに駐留している海軍の記事、
そして基地内の学校情報やコミュニティ関連の記事を
毎週掲載しています。サムライゲートは嘉手納基地内の兵隊はもちろん、
その家族や、基地内で働く一般のアメリカ人と軍雇用員の方々に
幅広く読まれて頂いています。

すでに発行して今年で9年目に入りました。
これも多くの読者がいるおかげです。また新聞発行には有料広告掲載が
不可欠です。弊社では嘉手納基地周辺にあるお店へ直接伺い、
広告掲載を頂いています。お店に基地関係者が来てくれるように
お客様に合わせた内容で広告内容を打ち合わせします。
お店の内容や写真、地図の情報まで細かく打ち合わせをして
広告デザインの制作をスタートします。

広告デザインが気に入って頂いてお店のフライヤーにして頂いた
お店もあり、お客様に感謝です!また数年ぶりに広告を
サムライゲートに掲載して頂くこともあり、
サムライゲートがこれからもお客様に必要とされるように
嘉手納営業所は国際交流の架け橋になれるように励みます!

嘉手納営業所 所長 神谷卓哉

添付広告キャプション:お客様のリクエストに応えるために
デザインは徹底的にこだわって制作します!

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2015年12月28日 (月)

エイト社員ブログ 「サムライゲートFacebook」

嘉手納営業所は今年も様々な方に大変お世話になりました。
またたくさんの新しい出会いもありました。
そして毎週金曜日発行している
嘉手納基地新聞サムライゲートへの広告掲載も
今迄にないほど反響があり、
今年の嘉手納営業所は飛躍した年になったと感じています。

お世話になっている多くの広告代理店、
数年ぶりに戻ってきた営業担当のおかげで多くの方に
サムライゲート新聞を知って頂けたと思います。
特にサムライゲートのFacebookは嘉手納基地だけの
ニュース掲載だけでしたが1000の「いいね」が集まり、
毎回シェアして頂ける方もいて、大変感謝しています。

まだ1000人の読者数しかいないかと思いますが、
数年間は400ほどでしたので、
今年だけで600人の方がサムライゲートを知って頂けて嬉しいです。
来年もまだまだ数字を伸ばし多くの方に知って頂ければと思います。
また嘉手納営業所のFBではサムライゲートに掲載した
お客様の広告を掲載しています。
これからもたくさんのお客様とのご縁があるよう、
サムライゲートは拡大していきます。

FB:
https://www.facebook.com/Samurai-Gate-179595975409078/?ref=hl

海外事業部 沖縄営業所 所長  神谷 卓哉

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2015年10月24日 (土)

エイト社員ブログ 「十五夜祭り」

先日、父の実家がある部落で
十五夜祭りを観に行きました。
部落では数年前から300年ほど前に伝わる町の
無形文化財の行列を復活させ、
大勢の人が観に来るようになっています。

今回初めて観たのですが、今まで観たことのない
内容に衝撃と感激でした。
最初は旗頭からスタートしたのですが、
終わる頃に中国の衣装をまとった集団と
侍の衣装をした集団がぞろぞろと出てきました!

地元新聞に、この祭りの記事が掲載されていましたが
中国と本土日本の衣装のあでやかさを
競い合うということですが、
何とも不思議な光景でした。

沖縄では十五夜は沖縄の踊り「エイサー」が一般的ですが、
今回観たのは何かもが初めて観た内容でした。
またこの祭りがどうしてここに伝えられたかは不明だそうです。
独特の祭りがある地元にとても誇りに感じ感謝しています。

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海外事業部 沖縄営業所 所長  神谷 卓哉

唐人行列
琉球王朝時代に中国大陸から訪れた人々が住んでいた
那覇から伝わったとされる。
中国楽器、三角旗を先頭に入場。
冠をかぶった王様を前に、
黒装束に身を包んだ武士が空手演舞を披露。

大和人行列
琉球王国の使者が江戸に使者を派遣する
「江戸上がり」などで見聞した大名行列などを
ヒントに制作されたとされる。
行列は和装で、刀や鉄砲、ちょうちんなどを
持って行進。(琉球新報より)

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