カテゴリー「12 中野 一也」の53件の投稿

2017年1月27日 (金)

エイト社員ブログ「 宮古島ついて 」

2016年12月、4日間の日程で
社員研修旅行(宮古島・沖縄)に参加させて頂きました。

本社は羽田から、大阪支店は伊丹から、沖縄支店は那覇から
(三沢支店は業務の都合で不参加)宮古島へ集合しました。
全国でエイトの仲間が働かせて頂いていること実感しました。

宮古島、人口約54,000人、最高標高114m、
三角がとがったおむすびの様な島です。東に飛べば約270kmで那覇市、
西に約350km飛べば台北市、西北に約180km行けば尖閣諸島、
太平洋と東シナ海が交わる海域に宮古島があります。

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※↑=宮古島北端  東平安名岬
東平安名岬から、この広く大きな海を見たとき、目視では確認できないところで
各国の船舶・飛行機・潜水艦がそれぞれの思惑を乗せて航行しているのかなと
思うと同時に「平和ボケ」になっていたなと一瞬気付かされました。

韓国・知覧・カンボジアの研修で、生まれる場所・生まれる時代で生活、
人生が一変してしまうこと、また、今の平和は先人のお陰で
成り立っていることを学んだはずなのに…。
気付いて良かったと、ゆったりと流れる沖縄時間の宮古島で思いました。

研修中、留守を守って頂いた社員の皆様、貴重な体験をさせて頂きました、
ありがとうございます。

不動産事業部 課長 中野 一也

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2016年11月30日 (水)

エイト社員ブログ「 猫ブームについて 」

約16年間一緒に暮らした愛犬「ちゃちゃ君」が亡くなって2年が過ぎた。

ペットロスの傷が癒えたのか、四つ足動物飼いたい症候群が我が家に蔓延した。
ネット・雑誌・ペットショップ等で情報を収集した結果、猫を飼うこととなった。

我が家のペット飼育サイクルでたまたまそうなったのだが、
世の中は猫ブームであった。

思い起こせば、先代の「ちゃちゃ君」と出会ったときも、
ペットブームであったと思われる。
(特に大型犬シベリアンハスキーなどが持てはやされていた)

ペットブームだから猫を飼ったわけではない、
飼ったらたまたま猫ブームであっただけである。

とにかく癒される。構いたくなる。触りたくなる。

紹介します。「もも君」です。(猫種:ラグドール)
名前の由来:鼻のあたまがピンクだったから。ねこの気持ちランキング第1位。

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君との出会いに感謝します。

不動産事業本部 課長 中野 一也

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2015年10月30日 (金)

エイト社員ブログ 「 レガシーについて 」

弊社総務部長 中山恵美子さんが亡くなった。

陰日向無く懸命に働き、誰に対しても平等であり、
明るく笑顔の素敵な女性であった。
誰もやらないことに気が付き、率先して行動する人であった。

エイト本社にある植物の世話も中山さんが毎日行っていたように思う。

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左:オレンジウム再び花が咲きました(花芽もたくさんあります)
右:へたれていたカポック復活しました。

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左:ブーゲンビリア長持ちしています。
右:朝顔市で中山さんが買ってきた子供たちです。

中山さんが残してくれた「姿勢」「考え方」「行動」は
エイトのレガシーとなって引き継がれ残っていくことでしょう。

ありがとうございました。安らかにお眠り下さい。
そして、いつまでも見守っていて下さい。

不動産事業本部 課長 中野 一也

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2015年7月13日 (月)

エイト社員ブログ 「 カンボジア研修 地平線と安易な選択について 」

カンボジア研修に参加させて頂いた。

 研修前に各自カンボジアについて学習することが示し合された。
カンボジアについては、内戦・ポルポト派・国連による総選挙等、
断片的に思い出すフレーズはあるものの、体系的に説明できる知識は皆無であった。
改めて学習すると、フランス統治から大戦を経た後、
東西冷戦・ベトナム戦争等の外的要因に翻弄され、
内戦・ベトナム戦争終結後は大まかに以下の通りとなる。

1973年(昭和48年) 北ベトナム勝利 
1976年(昭和51年) クメル・ルージュ政権 原始共産主義開始 知識階級の粛清
1979年(昭和54年) ベトナムにより、首都プノンペン陥落
1989年(平成 元年) プノンペンよりベトナム撤退
1993年(平成 5年) 国連監視下で総選挙、立憲民主主義の国としてスタート

1976年、約40年前のことであった。1989年、26年前、私が結婚した年であった。
極々近い過去において、
東南アジアの内陸の国で原始共産主義の名のもと、虐殺があった。
特に、1979年のポルポト派からの解放直後の
14才以下の国民の割合が85%であったということに驚愕させられた。
 
 今回の研修で、その舞台となった、トゥールス刑務所跡、
キリングフィールド処刑場跡を見学し、1976年から3年間、
何故このようなことが起きたのか考えさせられた。

 ポルポトという人物の来歴を読むと、
中産階級の出身でフランスへの留学経験のあり
帰国後は教鞭もとっていた。
突き抜けた思想もなく国難に立ち向かう
リーダーシップも無かった人物に思えた。
しかし、カンボジアにとっての指導者となる人材がベトナム戦争等で
国外に離散してしまい、革命の経験の無い集団のなかで、
留学経験があり共産主義を学んできたポルポトが
お山の大将に祭り上げられたのではなかろうか。

 お山の大将は、権力の使い方を勘違いし、
他国の高い山を見ることなく、
低い山の上から下ばかりを見ていたのではないか。
そして、国民のすべてを平等とする原始共産主義の
達成の為に行動を起こした。実に単純で安直で楽な選択であり、
生産人口のほぼすべてを粛清するという決して選んではいけない選択であった。
生まれてきた、国・時代・場所が違うだけで享受するものが
こんなに違うものかと考えさせられた。
知覧の平和記念館で読んだ遺書が思い出された、
改めて先人に生かされていると思った。

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車窓から見える水田地帯の民家と、
360度見渡せる水田地帯の地平線を見たとき
「原始共産主義か …… 」と再度考えさせられた。

有意義な研修に参加させて頂き、ありがとうございます。
経験という財産になりました。

不動産事業本部 課長 中野 一也

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2015年3月30日 (月)

エイト社員ブログ「ジュリアンちゃんについて」

エイト園芸部副部長の中山さんより、
一昨年(H25年)12月頃であると思うが、黄色のバラ咲ジュリアンを頂いた。
昨年は4月頃まで黄色い花が室内をやさしく色付てくれた。

花が終わった頃、植え替えをし、大振りな葉だけ残し室外の隅に放置していた。
葉は枯れて土だけになったが、乾いたなと思ったら水を与えていた。

昨年の12月、よく見ると花芽があった。
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それより室内の日当たりの良い所で管理していたら、
昨年より小振りだが花が咲いた。
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気になったので調べてみると、本来は多年草であるが、
夏の暑さと湿気で根が腐り管理が難しく、一年草の扱いにされている。
夏越しは不可能でないが、
地域により風通しの良い日陰で管理すれば可能とのこと。

どうやら適当に管理したことが、的を得ていたらしい。

今年の花が終わったら、株分けをして来年も咲かせたい。
ジュリアンちゃんと中山さん、ありがとうございます。

不動産事業部 課長 中野 一也

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2015年2月14日 (土)

エイト社員ブログ「新メンバーについて」

エイト本社4階東側バルコニーに水槽があり、
いつも社員を癒してくれている金魚たちが生活している。

金魚たちといっても、かつては5種類7匹ほどが泳いでいたが、
事前淘汰・諸般の事情により昨年末は2匹に減少していた。

エイト生き物係:餌やり班の平澤さん田中さんが
「寂しいから、入居者を増やしてよ!」と、
エイト生き物係:水質管理班の花村さんに日頃から圧力を掛けていた。

圧力に屈した訳ではあるまいが、
今年の某日らんちゅう型金魚ちゃん2匹が新メンバーに加わっていた。
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新メンバーのくろちゃんを良く観察すると、肉が盛り上がって塞いでいるのか、
先天的なものなのか左目が見当たらない(左目がない)。
花村さん曰く「金魚屋で20匹位いる中で選んだから判らなかった」とのこと、
しかし、その後の同氏の一言が決まっていた。

「でもこいつは、俺に選ばれて幸せだと思うよ…」

なんと確信的で自信にあふれた、優しい言葉であろうか…… 外見に似合わず。

不動産事業本部 課長 中野 一也

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2014年12月30日 (火)

エイト社員ブログ「ルールについて」

  1. 机の上は、常に整理しておく。(常にクリアデスクの精神)
  2. トイレの便座は蓋をする。(節電になる)
  3. 椅子は引いたままにしない(障害物とならぬように)
  4. 自分のカップは自分で管理する。(流しに置いたままにしない)
  5. 屋外のゴミ箱の蓋は閉める。(強風対策と臭気防止)
  6. 洗面は水浸しにしたら拭く。
  7. 使った道具は片づける、出したままにしない。
  8. ゴミ回収時は、積極的に動く。
  9. 電話メモは、日時・受信者を記入する。
  10. 掃除機のフィルターを掃除する。
  11. いつもお世話になっている灰皿をキレイにする。(喫煙者)
  12. 伝言は必ず伝える(相手に届いたか確認する)
  13. 上記受信者は、返事を送る。
  14. キャビネットは必ず閉める。
  15. トイレットペーパーは、スペアを補充する。
  16. ペーパータオルも無くなったら補充する。

等など、会社生活(共同生活)でのルールの羅列。
急用など、スクランブルがある場合、すっ飛ばしてしまうこと多々あり。(反省)
しかし、常に意識しています。(常識)
次の人の為に、そして前の人に感謝しながら。
 

不動産事業本部 課長 中野 一也

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2014年11月13日 (木)

エイト社員ブログ「嗜好飲料について」

ウィスキーのソーダ割りが好きである。
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吉高由里子さんがウィーと叫ぶ前より、
井川遥さんがカラアゲとかアジフライを調理する遥か以前より
ソーダ割りを常飲している。

その昔、炭酸は今ほどメジャーではなく、取り揃えている商店は少なく、
酒屋さんスーパー等で購入していたと記憶している。

それが昨今、ハイボールが前記女優さんたちのおかげでブームが再来したのか、
どこのコンビニエンスストアでも入手することが出来る。
また、その目的もソーダ割り以外に、水の代わりに飲んだり、
美容目的で飲む方もいるという。
コンビニのレジで炭酸を渡すと、大まかに次の2パターンの問いかけがある。

その1、「シールでいいでしょうか?」「このままでよろしいでしょうか?」

おいおい、昼日中なら直ぐ飲む人もいるだろうが、
当方は炭酸1本をレジに出している会社帰りのおやじですよ、
もう少し人物を観察してほしい。家までレジ袋に入れて帰ります。
多分、レジ袋の節約か、
ペットボトルを見たら条件反射で反応してしまうのであろうか。
もちろんそのようなことは、露とも悟られず「袋に入れて下さい」と答えている。

その2、「袋に入れてよろしいでしょうか?」
「はい。お願いします。」
そして受け渡されておやじは「ありがとう」という。

その2の方が、ソーダ割りが美味しい。

不動産事業本部 課長 中野 一也

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2014年9月25日 (木)

エイト社員ブログ「駅弁販売員について」

過日、八王子法人会女性部会のセミナーに参加させて頂いた。

テーマ:「カリスマ駅弁販売員に学ぶ 究極の接客・販売術とは?」
講師:(株)日本レストランエンタプライス 大宮営業所所長 三浦由紀江氏
〈講師プロフィール〉
専業主婦23年を経た1997年44才JR上野駅にて駅弁販売パートデビュー。
時給800円。徐々に「カリスマ駅弁販売員」の実績をあげ、
1999年上野駅売店店長に昇格。
1日の売上が100万円を超す上野駅の一番店を任される。
その後、パートの身分ながらはじめて上野駅8店舗を束ねる総括店長となり、
契約社員・正社員を経て、異例の抜擢で大宮営業所長となる。
モットーは「仕事は楽しく!」
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女性部会主催の為か女性の参加者が多いセミナーであったが、
小柄であるがパワフルな三浦さん(ジャズシンガーの綾戸智絵さんに
雰囲気が似ている元気なアネゴ)の熱弁で開場は温まり、
楽しく為になるセミナーであった。

〈セミナーレジュメより〉
私の接客 …… 最高の演技と演出で提案しよう
・接客はすべての仕事の基本
・5メートル、5秒の感覚 … よく見て(観察)気付く、会話する
・あなたの渡し方でお弁当の味が変わります。
商品の価値は接客、販売で決まる
・お店は私たちの舞台です。
最高の演技力と演出力で、マニュアルを超えて自分らしく
・クレーム、クレーマーからは逃げない

特にビールの販売方法(売上UP)は目からウロコであった。
500mlのロング缶を選ぼうとしているお客様には
「ビールは開けたてが一番おいしいですよねぇ♡」と、
350mlを2本勧める。(売上UP)
お客様が「ビール下さい」と言ったら、2~3本ビールを出しながら
「暑かったですね、今日は何本飲まれます!♡」と複数本勧める(売上UP)
「車内販売はタイミング良く廻って来ないですよね」更に1本追加(売上UP)
複数本飲むからおつまみも購入(更に売上UP)

何もしない350ml×1本
⇒上記プロセス350ml×2~3本+おつまみ(売上大幅UP)
楽しい会話、笑顔、乗ったお客様も満足まんぞく。

最後にあった講師:三浦さんの一言
「学歴がなくても、仕事の経験がなくても、年齢が高くても、
そんなことは関係ありません。大切なのは自分で限界を作らない事です。
頑張ってきたことは必ず成果につながります。自分の仕事を楽しみながら、
コミュニケーションを大切に、勇気を持って先ず一歩を踏み出してください。」
勇気を頂きました、ありがとうございます。

不動産事業本部 課長 中野 一也

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2014年7月18日 (金)

エイト社員ブログ「真実の瞬間について」

オリンピック休暇を取得させて頂き、結構と言える場所に家族で行ってきた。
関西出身の妻、小学校6年間を関西で過ごした娘、北関東には縁が薄かった。
八王子在住となってより、妻子ともに仲間内から
かの地の話題が出るたびに、まだ行っていないと言うと、
一様に驚かれるらしい。
(姉妹都市の関係からか八王子市民はかなりの確率で行っているのかも)

「日光を見ずして結構と言うなかれ」
今時、「結構、結構、良きに計らえ」という人は少数派と思うが、
予てよりリクエストのあった日光社参と相成った。

当日、ETCカードをセットし、ナビに目的地登録、いざ出発。
快適なドライブとなったのだが、
ETC君・ナビ子ちゃん共に最近の機械は人格があるように良くしゃべる。
(ナビ子ちゃんは、時折天然のボケを発することもわかった)
途中、スカイツリーを経由して目的地の日光東照宮へと向かった。
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生憎、陽明門は昨年より修復作業に入ったため見ることは叶わなかったが、
修復作業が終了した奥の本殿等は往時の輝きを取り戻したようで
深緑を背景に輝きを放っていた。

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世界遺産登録の影響か、
観光客の多くが海外からの人々と、相も変わらず修学旅行生の団体と
混ざり合いながらゆっくりと拝観することが出来た。

温泉を堪能することも目的であったので、
少し早めに鬼怒川温泉峡のホテルに旅装を解いた。
宿を選定するときに「探検できるホテル」とのコンセプトがあったので
中規模の落ち着いた宿を選定した。
期待を裏切らず設備・仕様・食事・ホスピタリティ
どれも満足するものであった。

翌朝は、山に靄がかかる程度の少雨であった。
普段の倍以上何故か食べてしまう朝食を終えた時に
「真実の瞬間」(お客様と接するわずかな時間)が現れた。

仲居さんA「今日はどちらに行かれるのですか?」
妻    「最初は、華厳の滝に行こうと思っています」
仲居さんA「今日の天候ですと、霧で見えなくて、音だけかも知れませんねぇ」
妻    「はぁ、そうですか…」

更に、お見送りの時に仲居さんA、同僚男性Bに
「これから、華厳の滝を見に行かれるのですって、見えるかしらねぇ」
同僚Bさん「けぶっているから、厳しいかもしれませんねぇ」
このようなネガティブな言葉によって送り出された。
たぶん正直な人なのであろう。

すべてが好印象でも、何気ない会話からすべてが台無しになることもある。
まさに「真実の瞬間」であった。
「今の時期は水量が豊富で、迫力ある滝が楽しめると思いますよ」
とか言えないものかね。

日頃の行いが良いのか、視界5mの濃霧の中
「いろは坂」をヒーヒー言いながら登りきると雨は止み、
展望台までのエレベーターで下まで降りると大迫力の華厳の滝が現れた。

その後、竜頭の滝、湯滝、振分の滝等を巡り
マイナスイオンをたっぷりと浴び、ゆるゆると帰宅の途に就いた。


「真実の瞬間」恐るべし、注意して相手本位の気持ちにならねばと思う。

冒頭のスカイツリーは、東武ワールドスクエアの25分の1のツリーでした。
※時間調整のため立ち寄ったのであるが、妙にテンションが上がる。必見かも。
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追記:
オリンピック休暇は、
我が家では自動変換されワールドカップ休暇と言われている。
休暇取得させて頂きありがとうございました。感謝します。
(今回の旅行のサブタイトルは「結婚25周年記念旅行パート1」でした。)

不動産事業部 課長 中野 一也

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