カテゴリー「04 千葉 久公」の99件の投稿

2015年8月11日 (火)

エイト社員ブログ 「感謝することについて」

歳をとったせいか、
体に良いことをしようと考えることが増えました。
その一つが、「一日十回感動(感謝)する」ことです。
ところが、この十回というのがとても大変です。
生来、横着(おうちゃく)な私は、
そのうちの五回は、毎日同じものと定めました。
そのヒントを、工藤直子さんの二つの詩から得ています。

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◇はじめて

「あした」というじかんは
はじめて会うじかんだから
あしたになったら ちゃんと
あしたに
「こんにちは はじめまして」
と いおう

◇こんにちは

うえむいて あ、そら
― こんにちは
したむいて お、じめん
― こんにちは
みぎをみて ほ、風がふく
― こんにちは
ひだりをみて わ、いいにおい
― こんにちは
いろんなものが
わたしのまわりで
おたがいに
「こんにちは」と いっている

これが「いる」ってことかな
これが「いきる」ってことかな

そうです、「こんにちは」を「ありがとう」に変えて、
感謝しています。
「朝起きて窓を開けた時」、「空を見上げた時」、
「地面を踏みしめた時」、「風を感じた時」
そして「いいにおいがした時」の五つです。

英語でも、
Count your blessings(頂いた恵みを数える)と言い、
辛(つら)さ、淋(さび)しさ、喜び、悲しみのすべてを
恵みとして数え、感謝することだそうです。
私自身は正直なところ、辛さや、淋しさに対して
感謝するところまでは、できていません。

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渡辺和子さん(「おかれた場所で咲きなさい」や
「面倒だから、しよう」等の
著者:ノートルダム清心学園理事長)の
著書「忘れかけていた大切なこと」の中に
次のような一文があります(以下、一部抜粋)。

『その日の出来事の中から
三つの「感謝すべき」ことを手帳に書く習慣を実行している。
大きなことでなくていいのだ。
小さなこと、
例えば、取り入れた洗濯物がパリッと乾いていたこと、
混んでいた電車の中で、
運よく前の席が空いて座れたこと、
これら、ごく平凡なことでいいのだ。
しかしながら、この小さな習慣は、私を前よりも
幸せにしてくれている。
なぜなら、いままで”当たり前”と思っていたようなことが、
当たり前でなくて“有り難い”、つまり、有ることが難しい、
したがって感謝すべきことだと思えるように
なったからである。
一方、私たちは、何と多くのことに、
感謝しないままで生きているかということに、
気づかされるようにもなった。 ・・・・(中略)・・・・ 

幸せを他人(ひと)任せにしないために、
どんな状況の中においても自分を幸せにするためには、
工夫が要る。努力しないといけない。
そしてそのために、「恵みを数える」小さな習慣は、
立派に一役買うことが出来るのだ。』

また、武者小路実篤著『幸福について』の中にも、
「幸福は運命から与えられるよりも、
寧(むし)ろ努力で獲得するほうが多い。」
と書かれていますし、
かのリンカーン(第16代アメリカ大統領)にも、
次の言葉があります。
「およそ、人は、幸福になろうとする決心の強さに応じて
幸福になれるものだ」

幸福になるには、「そうなるように努める」ことが
必要なのだと感じています。
少し話がはずれますが、山田洋次監督の
「男はつらいよ・寅次郎物語」の中にこんなセリフがあります。

満 男 「人間は何のために生きてるのかな」
寅次郎 「何て言うかな、ほら、
     あー生まれて来てよかったなって思うことが
     何べんかあるだろう、
     そのために人間生きてんじゃねえのか」

さて、「今日は、残りの五つの感謝を何にしましょうか」

参与 大隅 晃 

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2014年12月17日 (水)

エイト社員ブログ「水上勉『働くことと生きること』」

昭和記念公園(立川市)の晩秋の景色は毎年のことですが、本当に素敵です。
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さて、今年は、
作家・水上 勉(みなかみ つとむ:1919~2004年)が亡くなって10年となり、
(東京都)世田谷文学館で記念展が、開催されていました。
散歩ついでに寄り道です。
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代表作には、雁(がん)の寺、飢餓海峡、五番町夕霧楼、
越後つついし親不知(おやしらず)、はなれ瞽女(ごぜ)おりん、
金閣炎上、良寛、一休、越前竹人形 等々があります。

水上 勉は、小学生で寺院の僧侶となるべく修業に入り、
その後、自動車組合の集金人、薬の行商、役所勤め、労働者の監督、
出版・編集業、モデル、代用教員、洋服の訪問販売等々の職業に就いています。
豊かな人生経験そのものが水上文学に結晶しています。
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著書「働くことと生きること」では、火葬場の仕事が取り上げられています。
そこで働く70代半ばの老人が、遺体を焼いた後の竈(かまど)掃除で、
内壁にへばりついた人の脂をけずり、残った遺灰とともに
コスモス畑にまきにいきます。そして老人は次のように語ります。
「わしがコスモスの花に変身する人間をいとおいしいと思いますのは、
生きとる人間が、はなはだ、差別ずきで、作業場(ヤキバのこと)の
竈(かまど)も、特、並、と階級をつけております、
うしろへゆけば、かわりもない機関車のケツみたいな焚き口(たきぐち)が
三つならんでおるだけなのに、(中略)おかしいような…おろかしいような…
そうして生きておった人も、焼かれると平等にコスモスになるからです」

多くの人が嫌がるであろうこの仕事に愛(いと)おしさを見出した老人に、
水上さんは「天職とは何か」を学び、この老人こそが生仏(いきぼとけ)であると
確信します。

水上 勉さんの言葉を、著書からいくつかご紹介します。

『職業というものは、それにたずさわる側の人の心で、
ずいぶんちがうものであり、
いいかえれば、天職にもなるし、ならぬこともある』

『自分が何に向いているか。何を職業としたら、貧乏ぐらしでも満足か、
 ぐらいの、境界だけはもってほしいと思う。金はかからぬ。心のことだから。』

『なんといっても世の中のことは いのちがあっての話ですから、ここは忍耐だ。』

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(「越前竹人形」の撮影現場、左端:水上勉、右端:若尾文子さん)

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(水上 勉と長女・蕗子(ふきこ)さん)

長女の水上蕗子(ふきこ)さんは、
父(水上 勉)は、「仕事が人を磨いてくれる」「仕事が教えてくれる」
ということをずっと言い続けていましたと述べておられます。

「働き方」と「生き方」にかかわる問題は、
いつの世代にも共通する悩みの一つかもしれません。
水上 勉の講演会での肉声を、
世田谷文学館内に展示されているテープで聴いていると、
『忍耐だ』と言われているような気がしましたが、
それでも何となく元気になっていました。

作家:五木寛之さんは、著書「生きるヒント3」の中で、
『人生を癒す効果的な方法は、楽しみの達人の発散する気を
シャワーのように浴びることだ。…
人間は結局、人間によって癒されるしかないのではないか。…』
と言っています。

癒されるのは、私は自然派ですが、
皆さんは、自然派ですか、それとも人間派ですか。

皆さんの周りに、「楽しみの気」を発散させている達人がおられるとしたら
とても幸せなことだと思います。
犬や猫も自然も癒されるのは間違いないでしょうが、
「楽しみの気」となると人間には敵わないかもしれません。

参与 大隅 晃

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2014年11月15日 (土)

エイト社員ブログ「幸せは、なるものではなく、感じるもの」

お寺や神社への参拝で、
お賽銭(さいせん)を投げ入れることを喜捨(きしゃ)すると言い、
「喜捨」とは、元来お賽銭を投げることを意味しているのではなく、
「心に抱えている執着心やこだわりを捨てること」を意味しているのだと
言われています。

先日、京都を訪れ、八坂神社、相国寺(しょうこくじ)、広隆寺(こうりゅうじ)、
天龍寺等々を巡ってお賽銭を投げ入れる際に、
一つ、二つは執着心やこだわりで捨てたいものを唱えたのですが、
それ以上は幸か不幸か出てきませんでした。
従って、三カ所目からは黙ってお賽銭を投げ入れました。 
しかし考えてみると、そのこと自身も、こだわりではないかと、
自分で自分に突っ込みを入れて思わず苦笑いしてしまいました。
多くの方々は、
お賽銭を投げ入れる時には、「願い事をする」ように思っていますが。

皆さんはいかがでしょうか。

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左:相国寺 蟠龍図
右:天龍寺 雲竜図

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「幸せは、なるものではなく、感じるもの」
(枡野俊明(ますのしゅんみょう)著、2014年10月発行)の中に
素敵な話が載っていたので、ご紹介します。一人のお婆さんの話です。

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(枡野俊明:曹洞宗徳雄山建功寺住職)

『お婆さんが肌身離さず大切にもっているものがあります。
何十年も大切にしてきたものがあります。
それは、わが子が小学生のときにくれた、数枚の「肩たたき券」です。

夫を早くに亡くしたその女性は、女手一つで息子を育てました。
働けど働けど、暮らしは楽になりません。
二人で食べていくのがやっとの生活です。
まして息子に小遣(こづか)いをあげる余裕などありませんでした。
そんな日々の中で迎えた「母の日」のこと。
息子の友だちは、母の日に何をプレゼントするかで盛り上がっていた。
「僕はケーキを買ってあげる」「私は花束を贈るの」と。
しかし、彼には一銭の小遣いもありません。
そこで息子は母のために「肩たたき券」を作りました。
「これ一枚で、20分間肩もみをしてあげるね」と。

仕事から帰ってきた母は、毎日、一枚の「肩たたき券」を息子に渡します。
息子は小さな手で、一生懸命に母の肩をもみます。
息子の手のぬくもりを感じながら、彼女は心からの幸せを感じたといいます。

やがて息子は立派な大人になり、大手メーカーの部長にまでなりました。 
毎年「母の日」に実家を訪れ、
高級な装飾品や洋服などをプレゼントするそうです。
母親にとってはこれほど嬉しいことはないでしょう。
しかし、そんな高級なプレゼントよりも、彼女にとっての最高のプレゼントは、
小学生のときにもらった「肩たたき券」でした。

あるとき、息子さんがその「肩たたき券」を目にしました。
「こんなもの、まだもっていたの?」と言うと、母は答えました。
「だって、私の一生で一番嬉しかった贈り物だもの」と。
母の答えを聞いて、息子は微笑(ほほえ)んで頷(うなず)いた。
・・・・
幸せというものは、みんなの傍(そば)に寄り添っている。
少し探す努力をするだけで。それは必ず見つかるものです。
もしも「自分は不幸だ」とばかり嘆いている人がいるとすれば、
それは幸せを見つけることをしていないだけです。
もっと言えば、不幸の種ばかりを集めている。
まるで不幸を探すのが趣味であるかのように。
まわりに落ちている、たくさんの幸せをかき集めて、それを心に感じてください。
小さな幸せをたくさん感じながら生きてください。
その積み重ねこそが、幸福な人生の道筋になっていくのです。』

幸せは、なるものではなく、感じるもの  いい言葉だと思います。
枡野さんは、本書の最後に次のような言葉を書いています。

『仏になるまでの時間を私たちは与えられている。
その大事な時間を無駄にしてはいけない。
降りかかってくるものすべてに立ち向かい、
引き受けていかなくてはいけない。
その強さを、人間はもともと与えられているのです。』

私にとって、本を読む時間が以前より少し増えました。
幸せなことだと思っています。

参与  大隅 晃

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2014年11月 2日 (日)

エイト社員ブログ「馴(な)れから離れる」

『 行く先に都の塔や秋の空 
  もう、京都へは行かないのかと炭太祇(たん たいぎ)の句が誘う。 』

竹西寛子(たけにし ひろこ)さんの随想集に、こんな一文が載っています。 
これについ乗せられて、紅葉にはまだ間がある(10/7)のですが、
十七年ぶりに京都を訪ねました。
私自身は無信心であり、『日本は神なき社会といわれているが、
考えてみると、この水と緑の豊かな風土でどんな神が必要なのだろう』
という立原正秋(たちはら まさあき)さんの意見に賛成ですが、
京都の街では何度も参拝していました。

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(左)金閣寺
(右)銀閣寺

さて、私が十七年前(1997年)に京都を訪ねた時の旅メモに、
次のような行程が書かれていました。

7/30
長岡天満宮→嵐山、美空ひばり館→オルゴール博物館→天龍寺
→太秦(うずまさ)映画村→妙心寺→竜安寺→金閣寺

7/31
(宇治)万福治→平等院→伏見稲荷神社→東福寺→銀閣寺

当時、京都駅から嵐山まで電車で行き渡月橋(とげつきょう)を渡って、
とても暑い日差しの中をバッグ一つ担ぎながら徒歩で歩き回った記憶が残っています。

今回の旅の大きな目的は、「京都御所」を訪れることでした。
京都御所・仙洞御所・京都迎賓館を含む面積約63haの国民公園全体は
「京都御苑」と呼ばれ、広大な敷地は京都市民の憩いの場所になっています。
広さで言えば、
昭和記念公園(立川市)が148ha、新宿御苑が58haですから、
京都御苑は、新宿御苑よりほんの少し広めで東京ドーム13個分くらいです。

京都御所(南北450m、東西250mの方形)は
東京に遷都されるまでは歴代天皇のお住まいであり、歴史上重要な舞台です。
http://sankan.kunaicho.go.jp/index.html

主な建物には、紫宸殿(ししんでん)、清涼殿(せいりょうでん)、
小御所、御学問所、御常御殿などがあります。
紫宸殿と清涼殿については、次のように捉(とら)えていました。

紫宸殿は、様々な儀式を執り行う正殿で、
大正天皇と昭和天皇の即位の礼もここで行われています。
正面に18段の階段があり、そこから登り降りをしますが、
無論一般人が登る事は許されていません。
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清涼殿は天皇の日常の御生活の場で、
建物内は紫宸殿よりは細かく仕切られています。
中央の母屋は天皇の休息所でした。その東には天皇の執務所である
2枚の畳を敷いた昼御座があります。
見学コースからは、中の様子がうっすらと窺(うかが)えました。
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京都は、平成6年に、世界遺産条約の文化遺産条約リストに、
「古都京都の文化財」として17の社寺が一括登録されています。
金閣寺と銀閣寺もその中に含まれます。
日本では、法隆寺、姫路城についで三番目です。
最近では、富士山がこれに加わりました。
富士山登山の現状はどうも感心しません。
屋久島や白神山地などとの比較ですが、もっともっと大切にしたいものです。

ところで、竹西寛子さんの著書『望郷』の中に、
「馴(な)れから離(はな)れる」という表題のエッセイが載っています。

(抜粋)
『・・・日頃疑いをもっていない内容についても、
一度は離れて対象化してみる必要があり、それは言うまでもないことながら
易しい作業ではない。
しかしこういう経験を私という人間は大切にしなければならない。・・・』

勿論、旅のことを言っているわけではありません。
しかし、いくばくかの余裕を持って見ることの大切さは竹西さんの言うとおりだと
感じています。日常の生活習慣から、たまには離れて見ることも必要です。
それによって、また前進するエネルギーが湧いてきますから。
旅をすることは、これにぴったり当てはまる気がします。
宇野千代さんの『感動は行動に結びつき、人生を愉(たの)しくする』というのも
大好きな言葉です。

年を重ねると、体のあちこちに綻びが出てきます。
しかし、「いいものを見る」「心のどよめき」「よろこび」を、
できるだけ自分の足で歩いて、たくさん味わいたいものです。
今年、亡くなった親父の年齢に並びました(68歳)。
来年の健康を少し気にしながらも、大きな病気もせずにここまで来れたことに、
心から感謝しています。

『裏をみせ 表をみせて 散る紅葉』までには少し早目の旅行でしたが、
京都は、五大(地水火風空)のバランスがとれた姿を相変わらず留めていました。
いつかもう一度訪れ、今度は「嵯峨野トロッコ列車」に乗りたいと思っていますが、
さて叶いますかどうか。

参与  大隅 晃

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2014年9月14日 (日)

エイト社員ブログ「童謡を歌うこと」

最近散歩をしながら、(勿論、辺りに誰もいないことを確かめて)
童謡を大きな声で歌っています。
「うみ」「ぞうさん」「めだかの学校」「どこかで春が」「雪の降る街を」等々を。
歳をとったのでしょう。

ところで、こんな童謡覚えておられますか。

ちいさい秋みつけた (昭和30年、作詞:サトウハチロー)
 誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた
 ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

 めかくし鬼さん 手のなる方へ
 すましたお耳に かすかにしみた
 よんでる口笛 もずの声

 ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

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(前列中央がサトウハチロー、左にエノケン)

詩人(作詞家)・サトウハチローには、こんなエピソードがあります。
(旧制)中学生の時、落第三回、勘当十七回という人です。
この中学生の時、遊廓の二階で歯を磨いていたら、
その下を担任の先生が通っていった。
よせばいいのに先生に「おはようございます」と挨拶した。
その日、佐藤宅に退校処分の通知がきたという。
上の詩の作者と思えますか?人間のモノサシの違いを痛感します。

少し脱線ついでに、
作曲家・星野哲郎のエピソードもご紹介します。
星野は、その昔、少しフトコロが暖かくなると、新宿のキャバレーに
足を運ぶようになり、六番のホステスに好意を抱くようになった。
が、その娘はどこかへ姿を消してしまった。
某日、六番の娘から電話がかかってきた。
「哲ちゃん、私の名前覚えてる?」

どうしても思い出せない。
その娘のことを歌にしようと思っていた矢先のことだった。
「新宿の名前で出ています」では納得がいかない。
そこで「新宿」を「昔」に変え、「昔の名前で出ています」が生まれ、
小林旭さんによってヒットした。

『歌は 心のことば』と言ったのは、作曲家の服部公一さんですが、
童謡を大きな声で歌った後は、心が晴れ晴れとします。
皆さんも、たまには幼少時に帰って、お好きな童謡を大きな声で歌うことを
是非お薦めします。辺りに人が居ないことを確かめて下さいね。
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参与 大隅 晃

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2014年9月13日 (土)

エイト社員ブログ「好き!嫌い!について」

個人的なひとつひとつの人間関係が私たちの日常を支えています。
古い本ですが、『シスター鈴木秀子の愛と癒しの366日』というのがあります。

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366日(365日でないのは、2月29日つまり閏年を考えてのことです)の
カレンダー形式で、毎日の格言が載っているものです。

その中の一つをご紹介します。タイトルは「好き!嫌い!」。

『私たちは、見知らぬ人に出会ったとたんに、
この人は好き、この人は嫌いと一瞬に判別すると言われています。
このすごい能力を、私たちは幼稚園に入るまでに養います。
優しかった人、大事にしてくれる人と、
自分につらい目に遭わせた人を「好き」「嫌い」として、
自分の頭の中に一冊のアルバムとして納めてしまうのです。

そして一生、このアルバムに照らして、見知らぬ人が、
アルバムの中の好きな人に似ていれば好きになり、
嫌いな人に似ていれば嫌いになります。

今日から、自分のアルバムの中の嫌いな写真を、
新しい好きな人の写真に取り替える作業を始めましょう。
きっと、素晴らしい人に出会うようになっていきます。』

最近の殺伐としたニュースを毎日のように聞いていると、
「幸せを感じとる能力は育てるものだ」と感じます。
それを充分に育てておかないと、むやみに大きな幸せを求めて
無理をした挙げ句、破滅的な事態に追い込まれることにもなりかねません。
無理をせず、日常のささやかな幸せを探し、
それを味わうことが大切な時代なのかもしれません。
登山家・プロスキーヤの三浦雄一郎さんの
『その時にできることを積み重ねていこう』と言う言葉は、
まさにその通りです。
難しいことですが、「好きな人、好きな事、そして好きな食べ物だけの
アルバムにしよう」と努めています。

皆さんのアルバムはどうでしょうか。

参与 大隅 晃

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2014年8月 1日 (金)

エイト社員ブログ「石井桃子のことば」

高尾山(八王子市)に時々行きます。
朝8時頃、稲荷山(いなりやま)コースを通って山頂まで歩いていく途中、
下りてくる人と出会う時、(無論、お互いに見ず知らずではあるが)、
「こんにちは」と挨拶を交わします。
この挨拶(言葉)は、何とも言えず気持ちの良いものです。
街なかでは、こういう光景は少なくなり、残念に思っています。

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ところで、翻訳家であり作家である石井桃子さんの書いた本には、
皆さんも子供の頃どこかで会っている人が多いのではないかと思います。

クマのプーさん   ノンちゃん雲に乗る   ピーターラビットの絵本
ちいさなうさこちゃん   トムソーヤの冒険   フランダースの犬
小公子   家なき子   ピーター・パン …
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『石井桃子のことば』という本が5月に新潮社から出版されています。
石井さん(1907~2008年)は、平成20年に101歳で亡くなるまでに
約2百冊の子どもの本を世に送り出しています。
「名が残るのではなく、本が残ってくれればいい」と話していたという、
精魂こめた仕事の数々は、その言葉通を裏付けるものとなっています。

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かつら文庫で子どもたちに本を読む石井桃子さん。
左隣の女の子はエッセイストの阿川佐和子さん。

本書に書かれている言葉の中から二つご紹介します。

1.子どもたちよ
  子ども時代を しっかりと
  たのしんでください。
  おとなになってから
  老人になってから
  あなたを支えてくれるのは
  子ども時代の「あなた」です。

2.本は一生の友だち
  本は友だち。一生の友だち。
  子ども時代に友だちになる本。
  そして大人になって友だちになる本。
  本の友だちは一生その人と共にある。
  こうして生涯話しあえる本と
  出あえた人は、仕あわせである。

 
機関誌『こどもとしょかん』に石井さんが書いた
「待合室」というタイトルのエッセイが残っています。

『このごろ、私は十日ごとにお医者にいく。
医院には待合室がある。そこへはいっていくとき、先客があれば、
私は必ず頭をさげてあいさつする。「今日は」のつもりである。
そのとき、おもしろいのは、私を全然無視する人がかなり多く、
そのほとんどが若者、幼い子をつれた母親、「一家の長」といった
だんな方であることである。
私は、そのひとたちの態度のよしあしをいっているのではなく、
事実をのべているだけである。にもかかわらず、
私を空気同様に見るとき、その人たちの頭の中はどう働いているのか、
いないのかについて、私は興味をもたないわけにはいかない。
ところが、先日、待合室に劇画を見ている若者、子どもづれの母親二人、
初老のご婦人と私がいたとき、四十ほどの、さっぱりした身なりの男性が
はいってきた。
彼はドアをあけると、「おはようございます」とはっきりいって、頭をさげた。
すると、部屋じゅうにいたおとな(劇画を見ていた若者もまじえて)は、
そろって彼に礼を返した。
男の人は私の隣にかけ、それきり口をきかずに、手提げから出した
厚い本を読みはじめた。私の番がきて、「ごめんください」と、その人の
前を通ろうとすると、「どうぞ」と、ひざをひっこめてくれた。
その日以来、私は何度その人のことを思いだしたかわからない。
そうしているうち、その人は、昔話から出てきて、私の隣にかけたのだと
さえ思えてきた。その人は、私に「言葉を信じよ」というために、
あの待合室にあらわれたのではないだろうか。』

私たちが日常使っている言葉は本当に大切だなあと感じています。
特に、「ひびき」「簡潔さ」「やさしさ」を備えた言葉は大切にしたいと思います。
村上信夫(むらかみのぶお)さん(元NHKアナウンサー)の著書
「嬉しいことばの種まき」のあとがきには、ご自身の詩が載っています。

嬉しいことばの歌
「おはよう」って言えば、心の窓が開く 
「ありがとう」って言えば、心がニコニコする
「いただきます」って言えば、心がつながる
「おかげさま」って言えば、心がおじぎする
「よかったね」って言えば、心が一つになる
「だいすき」って言えば、心がウキウキする
「だいじょうぶ」って言えば、心がやわらかくなる
「おやすみ」って言えば、心がまあるくなる
「おやすみ」

イギリス詩人の言葉に、
『言葉は大事にしなければならない。磨けば光るものだ。』
というのがあります。
言葉は形のないものですが、このような素敵な言葉が、
日常生活の中にあふれることで、少しでも明るい世の中にしたいものです。

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ところで、当社経営計画書の『推薦図書リスト』に、
この「嬉しいことばの種まき」が今年度から新たに追加されていました。
どなたが推薦したのか分かりませんが、少し嬉しい気がしています。
この推薦図書リストへの書籍掲載については、
一定の基準が必要なのでしょうが、今は出来るだけたくさん載せてほしいと
感じています。
社員の皆さんに、是非とも「生涯話しあえる本」に出会ってほしいからです。

 

参与 大隅 晃

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2014年7月30日 (水)

エイト社員ブログ 「山梨県立美術館 生誕200年ミレー展」

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7月19日から、山梨県立美術館で「生誕200年ミレー展」が開催されています。
画家:ジャン=フランソワ・ミレー(1814~1875年)は、フランス西北部
シェルブール市近郊の小さな村で農家の9人兄弟の長男として生まれています。
裕福な家ではなかったのですが、
篤い信仰心と誠実な愛に満ちた家庭で育っています。
少年ミレーは農業を手伝いながら、書物をよく読んでいました。

ミレーは、「農民画家」と呼ばれています。当時は、「歴史画」「肖像画」
その次に「風俗画」「風景画」「静物画」という序列が厳然と存在し、
サロン展に何回も落選しています。当時の第一人者はドラクロアでしょう。
官展が「方形の間(サロン・カレ)」で開かれていたので
「サロン展」と呼ばれました。

有名な作品に、「晩鐘(ばんしょう)」「落穂拾い」「種まく人」等があります。
山梨県立美術館の常設館でも、「落穂拾い、夏」「種まく人」
「夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い」などがあり、
ドラクロアの作品も6点ほどあります。

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晩鐘(ルーブル美術館所蔵)

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落穂拾い、夏

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種まく人

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夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い

彼が38歳の時、知人に宛てた手紙が残されています。
『…額縁ができたら連絡して下さい。
中に絵を入れて見て、必要なら筆を入れる時間が欲しいのです。
題名から予想できる通り(題名:森の薪(たきぎ)拾いの人々 等)、
これら制作中の作品は、神話でも裸婦でもありません。私はそういう主題
以外のもので身を持(じ)してゆきたいのです。
と言ってもそういう主題だからと言って人が私を擁護してくれるなどとは
思いませんが。しかし強制されてやりたくはありません。
自然の側面から受けた印象の結果でないものを作るつもりはありません。…』

私の好きなミレーの作品を2点ご紹介します。

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ポーリーヌ・オノの肖像

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鏡の前のアントワネット・エベール

「ポーリーヌ・オノの肖像」と「鏡の前のアントワネット・エベール」です。
ポーリーヌ・オノの肖像は、山梨県立美術館でご欄になれます。
ミレーの最初の妻であるポーリーヌは病弱のため結婚3年目に不帰の人と
なります。
絵の前に立つとき、そのつつましやかさが伝わってくる素敵な絵です。
好みで言えば、「種まく人」より、こちらの絵の方が好きです。
もう一つの作品「鏡の前のアントワネット・エベール」は、
アメリカ人個人蔵のため今回見ることができないのですが、
ミレーの代表作の一つです。是非一度本物を見てみたいものです。
この絵は、ポーリーヌの亡くなった翌年に描かれています。
彼の親しい友人であるフーアルダンの奥さんの子供です。
鏡に映った自分の顔に無邪気に見惚(みと)れる少女への
ミレーの深い愛情が感じられます。
これが後年のミレーの、農家の子供たちに向けられる優しい視線に
つながって行きます。

なお、鏡の利用は後年、
マネの「フォリー・ベルジェール劇場のバー」などにもその影響が見られます。
この絵で、中央の女性の後ろは鏡に映ったものが描かれています。

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マネ:フォリー・ベルジェール劇場のバー
(コートールド美術研究所(ロンドン)所蔵)

ミレーは、晩年ようやく貧困から解放され、家族に見守られながら
60歳で亡くなっています。
ミレーの絵は、見終ったあとやさしい気持ちになれます。
府中市美術館館長の井出洋一郎(いでよういちろう)さんが、
「もし、美術館巡りをするなら、迷わずミレーを加えて欲しい」と
著書「農民画家ミレーの真実」で書いておられるが、
素直にうなずける気がします。
山梨(甲府)に行かれたら是非、県立美術館を訪れることをお奨めします。
http://www.art-museum.pref.yamanashi.jp/

先日、国立新美術館(六本木)に「オルセー美術館展」を見に行きました。
http://www.nact.jp/
その中にミレーの「晩鐘」が展示されていてビックリしました。
50×60cmほどの小さな絵ですが、良いものはやはり素敵です。
マネの「笛を吹く少年」、モネの「サン=ラザール駅」や
カバネルの「ウィーナスの誕生」等々オルセー美術館が所蔵する
84点を展示してありました。
山梨までは行けないという方は是非こちらをご覧ください。
なお、9月中旬から、府中市美術館でもミレー展が予定されています。

どなたの言葉か忘れましたが、「人格を磨くなら、良いものを沢山見なさい」
というのは本当だと感じます。
今は、絵画しか見ていませんが、
是非絵画以外でも良いものを観る時間を作りたいと思っています。

参与 大隅 晃

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2014年7月17日 (木)

エイト社員ブログ「水芭蕉湿原への旅」

6月に、長野県の栂池(つがいけ)高原(標高約1,800m)の
水芭蕉を見に行ってきました。
大糸線の白馬大池駅(はくばおおいけえき:無人駅です)で下車し、
栂池高原駅までゆっくり歩いて登って行きました(約25分)。
そこからゴンドラリフトとロープウェイに乗り湿原に到着です。
残雪の中を、本当にのんびりできました。旅は良いですね。
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(白馬三山そば:ふきのとう、よもぎのてんぷら入りです)

 

緩和医療医の大津秀一さんに、
「死ぬときに後悔すること25」という著書があります。
後悔の少ない一生を送るためには、どうするかということですが、
恥ずかしながら、まずは私自身に当てはまるものをいくつかご紹介します。

1.健康を大切にしなかったこと
 健康なうちから健康を大切にする。

2.自分のやりたいことをやらなかったこと
 自分を意識せずとも、自分を体いっぱいに表現している子供と
 同じようになれば、おのずと人生の楽しみを取り戻すことが出来る。

3.仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと
 趣味の達人、長年それを続けた人たちは、最後までそれを生かして、
 良い終わりを迎えている人が多い。

4.自分が一番と信じて疑わなかったこと
 己の力の限界を知り、一歩引いて物事を考えることが大切。

5.美味しいものを食べておかなかったこと
 好きなものを、「どれだけ楽しく」食べられるかが大切。

6.行きたい場所に旅行しなかったこと
 「悩みがあるなら旅に行け」、「悩みがなくても、いつでも旅に行け」

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私たちは、笑ったり泣いたり怒ったり、そんな日々を繰り返して
限られた時間を生きていますし、
おそらく、誰もが何かしらの後悔を抱えながら、それを乗り越え、
頑張っている気がしています。

松本 猛(まつもと たけし)(母親は、絵本画家いわさきちひろ)さんの
エッセイ「安曇野(あずみの)ふわりふわり」の中に、こんな一節があります。

『・・・ 以前に聞いたネパールのシェルパの話が思い出された。
登山隊がシェルパを雇って荷を上げている時、突然シェルパたちが
動かなくなったそうだ。
訳を聞くと、早く歩きすぎて、魂がついて来られなくなったので、
魂が来るまで待っていると言う話だった。 ・・・』
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どんなに忙しい世の中になっていても、
自分自身の精神と肉体の声に耳を傾けながら生きたいものです。
さてさて、このブログを読んでくださっている
「あなたの後悔は何でしょうか?」

・たばこを止めなかったこと
・夢をかなえられなかったこと
・悪事に手を染めたこと
・他人に優しくしなかったこと
・故郷に帰らなかったこと
・記憶に残る恋愛をしなかったこと
・子供を育てなかったこと
・自分の生きた証を残さなかったこと
・神仏の教えを知らなかったこと
・愛する人に「ありがとう」を伝えなかったこと
    ・
    ・
    ・

もし、何も後悔は無いと言われる方がおられるなら、羨ましいかぎりです。

「安曇野ふわりふわり」を読み、そして白馬三山(しろうまさんざん:
右側の雪山が日本百名山のひとつ、白馬岳(しろうまだけ))に
抱(いだ)かれながら穏やかな楽しい時間が持てました。
旅行できることに心から感謝しています。
体調を整え、また是非とも次の旅をと願っています。
それまでに、後悔の度合いを減らすよう何とか努めながら。
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参与 大隅 晃

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2014年7月 2日 (水)

エイト社員ブログ「感謝 ― 社長、社員の皆様へ」

「人生七十古来稀なり」と唐の詩人杜甫(とほ)が詠嘆して以来、
七十歳を古稀(希)と言うのだという説があります。
私事で恐縮ですが、あと二年ほどで古希を迎えるという今年、
会社の現役を退くことにしました。自由の身?になったわけです。

6月下旬、当社経営計画発表会の席上で当社の白柳社長から、
退職に際し、あろうことか妻と一緒に感謝状を頂戴しました。
こんなことも「古来稀なり」ではないかと、
嬉しいやら恥ずかしいやら恐縮してしまいました。
感謝状を頂戴する身ではけっしてないと思うのです。

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実際上手に年をとるということは
考えてみると大変難しいことだと痛感しています。
いかに上手に年をとって行くかということで、人の値打ちというものは
きまるのではないかと感じています。
それには、いかに自分を客観視し、
いかに自分を知っているかということにもつながってきます。

今、立川市にある昭和記念公園では、あじさいの花が咲き誇っています。
花は人に見られようとして咲くわけではなく、
人が愛(め)でようが愛でまいが、自分自身のために咲いています。
2ヶ月前には、ポピーが広場の一角を埋め尽くしていました。
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私たちは過去を変えることはできません。
しかし、現在の生き方は、なんとかなるかもしれません。
ただ、そこには、何かのきっかけが必要な気がしています。
それは「生き甲斐」とはまた少し違って、
自分の心の奥に、少しだけ周(まわ)りが見える、そして自分の行先が見える、
そんな何か明るく照らしてくれる光がほしいと感じています。
勿論、先行きが見えたからといって
その目的地までの距離が短くなるわけではありませんが、
何か少しほっとすることができそうな気がするのです。

会社に対し、心から感謝しています。
会社が発展するためには、不変なものをもちつつ変わり続ける必要があります。
この日の経営計画発表会では会社の明るい未来を感じました。
私自身も、ここまで来たら、できるだけ引き返すことのないようにしたい。
その一方で、何かの目的を果たすためだけでなく、
目的が果たされようと果たされまいと、自分がすべきことをしていくこと、
そんなふうにこれからを過ごしたいと思っています。
花のみごとさに圧倒されながら、それでも負けたくはないのです。

 

 

 

参与  大隅 晃

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